まいにちウクレレ

うたとウクレレ、コンサーティーナ moqmoqオカザキエミ うたいます うたいます

緊張

 焼きたて食パンがうますぎてたおれそう。なので、このふわふわにできるかぎりのことをしたい、パン切り包丁を買った。たいした金額ではないものの、役割が決まっているものを自粛したかったので買わずにいたのだけれど、これはもう食パンに失礼です。
 切る瞬間はすこし緊張した。緊張は期待。
 たのしみに買ってきたシングルも、聴くまで緊張していて、帰ってからしばらくねかせておいた。いざとなったら、しらないうちに正座して聴いていた。緊張は期待。

 最近のもっぱらの懸案事項はあたらしいアルバムのことで、どんな曲をいれるとか、だれとやるとか、どういうかんじでとか、考えることはいくらでもある。あたまでがんがん鳴っているこの音楽を、表に出すことへの緊張。
 
 とかあれこれ言っていると、日頃どんだけ緊張しているのだという話になってしまう。ことばっていうのはむずかしいな、言うとおおげさになってしまうのだ。おおげさっていうのも言いようで、言うことによってなにかがくっきりするっていうことだともおもう。ただ普段から、ちょっとしたことを考えていて、それをなんの気なしに口に出したらへんにおおげさになっちゃって、おもったよりおおきな問題みたいな雰囲気になってしまうことがよくある。それ悪い癖っすよ、とたぶん何気なく言われたけれど、そのことばがけっこうぐさっときた。たしかによくそうなる。今まさになっている気がするう。
 
 ウー様が大阪からの帰り道に、どういう流れだったかわすれてしまったけれど、東横方面はみんな「運がいい」と言った。妙にのこることばだった。自分のことはよくわからないけれど、運が悪いとおもったことはないし、まわりを見回すとそんな気がする。運がいいっていうのは、そういうふうに受け止めるっていうことだとおもう。ひとはみんないいときもわるいときもあるのだろうけど、それを運で乗り切ってしまったりするのだ。運がいいっていうことばに、ふしぎなたくましさを感じたものだった。